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今年の(2019年)プロ野球ドラフト会議が近づいてきました
投手BIG3とか言われていたり【U-18ワールドカップ】での
1回途中降板などで「評価ガタ落ち」といった報道もなされた

大船渡高校の佐々木朗希投手ですが、それでも存在感抜群の有望株
ですね。

この記事では【佐々木朗希投手】の事を詳しく知りたい!
ということでwiki風プロフィール兄弟などの家族はどんな家族なのか?

リサーチしてみました。

目次

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佐々木朗希のwiki風プロフィールと経歴!

wiki風プロフィール

名前:佐々木朗希(ささき ろうき)
生年月日:2001年11月3日
年齢:17歳(2019年4月現在)
身長・体重:190㎝・81㎏
出身地:岩手県陸前高田市
所属高校:岩手県立大船渡高等学校
ポジション:ピッチャー
投打:右投げ・右打ち
家族構成:5人家族(兄と弟の3兄弟)

佐々木朗希の野球経歴!

佐々木朗希さんが野球を始めたのは小学校の3年生です。
お兄さんが野球をしており影響を受けて一緒に野球に取り組み始めた活発な
兄弟だったようです。

岩手県の陸前高田市に住んでいた佐々木朗希さんの家族は朗希少年が9歳の時やむない事情で隣の大船渡市に移り住んでいます。

出身小学校:陸前高田市立高田小学校⇒移転  (大船渡市立猪川小学校)
陸前高田市時代の所属チーム:高田野球スポーツ少年団⇒移転 (猪川野球クラブ)

出身中学校:大船渡市立第一中学校(大船渡市立第一中学校軟式野球部)⇒ オール気仙(陸前高田市、大船渡市、気仙郡住田町の中学生軟式野球選抜チーム)

出身高校:岩手県立大船渡高等学校(大船渡高校野球部)

佐々木朗希の父と母そして兄弟について

佐々木朗希選手の、お父さんは2011年のあの東日本大震災(朗希少年9歳の時)における大津波によって命を奪われています。

当時まだ37歳で妻と3人の子供を養う大黒柱のお父さんは無念の死を遂げたため一家は壊滅的な状態の陸前高田市から大船渡市へやむなく移転せざるを得なかったのです。

佐々木朗希少年と母と兄と弟の残された家族は突然、自然災害の容赦ない悲劇に見舞われて、その絶望感と悲しみは計り知れないものがあったに違いありません。

佐々木家の氏名
父  佐々木功太
母             陽子
兄             琉希
弟             怜希

兄の 琉希さんも大船渡高校の野球部出身で4番を打つ中心選手として活躍したようです。

兄の 琉希さんはお父さんから厳しく教えられ、しつけられて育ち、父が亡くなったため自分が父の代わりをしなければと思っていたのか、朗希少年に厳しく

例えば「お前のようなレベルの選手なんて全国にはゴロゴロいるぞ」などと叱咤し褒めることはまったくなかったそうです。

これが佐々木朗希選手が天狗にならずに大きく成長した大きな要因のひとつかもしれませんね。

まとめ

野球界注目の佐々木朗希選手のwiki風プロフィールと野球と学歴の経歴

そしておさんやおさんと兄弟の家族に注目してみました。

大震災で大黒柱の父親を亡くした佐々木は生計なども大変だったろうことも想像されます。

残された家族4人の絆はより強いと思います。
そして佐々木朗希選手は他の何の不自由もなく野球に打ち込める人たちと違い

母親を早く楽にしてあげたいという思いもあるかもしれません。

そうした境遇だからこそメンタル面も強い大投手佐々木朗希が誕生するような気がするんですが皆さんはどう思われるでしょうか?

佐々木朗希選手の野球に関する具体的な記事は長くなりますので別記事に書きます。

また遊びにきてくださいね。

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